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桑田投手引退
さらば桑田真澄-。メジャー再昇格を目指しパイレーツとマイナー契約を結んでいた桑田真澄投手(39)が26日、TBS系の「筑紫哲也NEWS23」内で電撃引退を発表した。同投手は1985年のドラフト1位で巨人に入団。06年を最後に21年間在籍した巨人を退団した。その後、07年にパイレーツとマイナー契約を結び、一度はメジャーに昇格。同年8月には戦力外通告を受けたが、今季もメジャー再昇格を目指し、パイレーツとマイナー契約を交わしていた。
  ◇  ◇
 清原(オリックス)との“KKコンビ”で日本野球界を引っ張り続けてきた桑田が、とうとう現役生活に別れを告げることになった。
 26日、TBS系のニュース番組「筑紫哲也NEWS23」の独占インタビューを受けた桑田は「(引退には)いろんな理由があるが、そういう流れ。野球の神様が“お疲れ”といっている」と淡々とした表情で話した。
 昨年、桑田はパイレーツの春季キャンプに招待選手として参加。一時は開幕メジャー入りの可能性大だった。ブルージェイズとのオープン戦(07年3月26日)で球審と激突。右足首のじん帯断裂というアクシデントに見舞われながら、一時はメジャーに昇格した。結局、19試合に登板し0勝1敗、防御率9・43と奮わず戦力外通告を受けた。当時、桑田は「メジャーリーガーになれた喜びでいっぱい」と話し、現役引退を示唆していたが、今年になりパイレーツと再びマイナー契約を結び悲願である「メジャー1勝」を目指してきた。
 今キャンプ、オープン戦は好調で、3月16日のレッドソックス戦では真紀夫人ら家族の前に米国“初勝利”を挙げたが、若手を優先するチーム事情から戦力外通告を受けた。桑田は「メジャーに残れなかったら引退しようかなと思っていた」と、番組内で引退に踏み切った理由を説明した。
 PL学園時代は甲子園で数々に記録をうち立て、プロ入り後もひじの故障などと戦いながら、沢村賞(87年)、最優秀防御率(87、02年)、MVP(94年)などに輝いてきた桑田。不屈の闘志で何度もよみがえった男も40歳の誕生日(4月1日)を前に燃え尽きた。

デイリースポーツより
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
桑田真澄投手は
1968年4月1日生まれ
私は
1968年4月16日生まれ

ほぼ同じ時期にこの世に生まれてきたので
非常に親近感を持って応援してきました

PL学園の活躍
私の好きな巨人に入団
入団2年目、江川、桑田の天才コンビの活躍で優勝
槙原、斎藤、桑田の三本柱で優勝
ヒジの手術後カムバックし、原巨人優勝
思い出が多いです

そしてメジャーへの挑戦

様々なアクシデントがなければ
また違った結果になっていただろうと思います
200勝できなかったのは残念ですが
江川投手と同じく
記録ではなく記憶に残る投手です

将来、桑田監督の誕生を
楽しみにしています


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2008/03/27(木) 18:50:38 | j[X
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